Artisan Interview 1 — 根本幸昇さん(根本硝子工芸)・後編
根本幸昇 KOSHO NEMOTO
1989年(平成元年)、東京都生まれ。江東区亀戸にある「根本硝子工芸」の3代目として、25歳から江戸切子の道へ。祖父は、江戸切子の名工として黄綬褒章を受賞した根本幸雄氏。現在では、伝統工芸士会作品展等、数々のコンクールでの受賞経歴を持ち、江東区優秀技能者にも認定されている2代目の達也氏とともに、工房を切り盛りしている。伝統工芸界に革命を起こそうと、日々邁進している。
3代目 幸昇氏 略歴
2018年「江戸切子新作展」にて江東区優良賞を受賞。
2019年 第2回北近江サケグラス公募展 黒壁慶雲館 最優秀賞金賞受賞。
江戸切子に携わるつくり手が、なにを想い、一つひとつの作品や仕事と向き合っているのか。日々、作品が生み出される工房へ伺い、お話を伺う『Artisan Interview』。今回は、江戸切子を国内外、老若男女に伝えるべく活動する、根本幸昇さんへのインタビュー、後編です。
生み出すもので、人を幸せに
——日々、なにを想いながら、江戸切子と向き合っていますか。
お客さまの幸せです。いま、自分が制作している江戸切子をご覧になるときの、喜ぶ表情。私は、自分の仕事は、人を幸せにするためのものと思っているので。
写真提供:根本硝子工芸
私はいま、根本硝子工芸にいただくお仕事以外に、工房のオリジナル製品、あとはオーダーメイドも承っています。それぞれのお客さまに応じて、つねに最善を尽くすんですけれども、工房のオリジナル製品とオーダーメイドは、さらにもう一歩上の、自分にしかできない表現を出したりもします。
完成して、お渡しするときのお客さまの表情を考え続けていると、制作最中「果たして、これを気に入ってもらえるだろうか」みたいな迷いは出てきません。それに、最善を尽くせば、それぞれにちょうどいい納期でお渡しできるとも思っていて。オーダーメイドの場合「納期はいつでもいい」と言ってくださるお客さまが多いのですが、そこには「最善を尽くしてくれ」という希望も含まれているはずですよね。だからといって、どこまでもやり込んだり、逆に早すぎたりというのも違うはずで。それが、お客さまの笑顔を思い浮かべると、自ずとちょうどいい納期に、最善なものをお渡しできるんですよ。
写真提供:根本硝子工芸
ただ、自我の「作品」になると、時間がかかりますね。そういう意味では、私は、工房のオリジナル製品も「作品」と思っていて。ある程度、量産できるようなモデルもありますが、「商品」という概念はありませんね。多分、父もそうだと思います。
室町硝子工芸で扱っていただいている「modern 雫」。これは、もともと父が、うちのオリジナル製品で「雫」というラインナップをつくっていて。私は、このフォルムに、父への想いだったり敬意だったりがあるので、その、もっとスペックの高いものをつくろうというところから始めました。今後も、「雫」はずっと、根本硝子工芸の大切な存在としてあるんじゃないでしょうか。
室町硝子工芸 取扱製品「modern 雫」薄墨 (写真左)と「雫(室町硝子工芸限定デザイン)」薄墨(写真右)
父は、グラヴィールという、絵柄をカットする技術が卓越しているんですよ。そして私は、カットとデザインへの自信がある。「孔雀」は、そんなお互いの技術を融合させたオールドグラスです。「modern 蝋」は、私の完全なオリジナルですね。
室町硝子工芸 取扱製品 「孔雀」 琥珀 金赤
室町硝子工芸 取扱製品 「modern 蝋」
とくに、私の江戸切子は、イメージやデザインをはっきりと決めてから削るわけではないんです。土台となる、大きく削るところだけ決めて。そこからバランスをとって、水が流れるように手を進めていく感じ。そうじゃないと、その時だけの表現って、できないので。これからも、まだまだどんどん新しいことを取り入れて、表現していきたいですね。
江戸切子職人の未来を切り開く
——最後に、今後の展望を聞かせてください。
写真提供 根本硝子工芸
江戸切子って、いま「工芸品」と表現されますが、もとを辿れば世界に誇る"藝術"です。それが、明治維新以降の「工業」の発達で、工業品の一つとして捉えられるようにもなってしまった。私は、その、工芸の「芸」だけを残して、江戸切子を"藝術"に戻したいんです。
そのためにも、作品をつくる。本物をつくるんだという気概のある江戸切子の職人を、一人でも増やしたいですね。とくに、私たち20〜40代の若手を。
一つの取り組みとして、いま、私が筆頭を務めている有志で集った10人の若手江戸切子職人による機関があります。それは、よいものを求める個人のお客さまと、本物を生み出すつくり手を繋げるためのチーム。職人の意識を高めることも、世の中の、江戸切子に対する価値を高めることに繋がるはずだと考えているので。
写真提供 根本硝子工芸
そして、本当にいいものを作る職人の存在も、正しく伝えていきたいですね。江戸切子の職人には、本当にいいものを作っているのに、あまり認知されていない職人も多い。そういう、ブランディングができない、でも腕のいい職人の存在を広く伝えることで、本当にいいものも正しく伝わっていくはず。本物をみなさんに知っていただく機会を整えているところです。
いつか、江戸切子に携わる仕事が、子どもの夢の職業の一つとして確立させたいですね。江戸切子という"藝術"品をつくる、アーティスト。江戸切子は、自分の感性を発揮できる仕事。それが、世界に認められて、ほしいと言ってもらえる。そういう存在にするために、私は、これからも活動していきたいと思います。
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男たるもの一度決めた道は、誰よりも熱く突き進む。そんな、勢いと情熱を感じた今回のインタビュー。自身はもちろん、江戸切子そのものをよりよくしていきたいという言葉の数々に、こちらまで熱くなりました。