Artisan Interview 3 — 石塚春樹さん(ミツワ硝子工芸)・後編
石塚春樹 HARUKI ISHIZUKA
1982年、栃木県出身。1971年に創業した工房「ミツワ硝子工芸」のチーフ職人として、20〜30代の若手江戸切子職人を牽引する。2007年「江戸切子新作展」にて、初出品・初受賞。2018年には日本の伝統工芸士に認定される。2019年「江戸切子新作展」にて、第1位「経済産業省 製造産業局長賞」を受賞する。
江戸切子に携わる人々が、なにを想い、一つひとつの作品や日々の仕事と向き合っているのか。職人のもとを尋ねる連載『Artisan Interview』。3人目は、伝統工芸士の石塚春樹さんです。後編では、石塚さんが作品をつくり始めたきっかけと、江戸切子への想いや考えなどを伺いました。
産みの苦しみはつきもの
——作品を作り始めたきっかけを教えてください。
「江戸切子新作展」に出したのは、職人になって4、5年目です。当時は作家性をもちたいという感覚はなかったけれど、2代目から「作品は作ったほうがいい」と強くすすめてもらい、取り組みました。
最初の年は、完成まで長くかかりましたね。9月頃に出すことを決めて、素材はオールドグラスにして、そこから翌年1月の出品まで、仕事が終わってから夜な夜な、イメージを実際にグラスに削って。ああ、違うなと思ったらやめて、新しいものに試す。そういうのを、何個か繰り返しました。
こんな贅沢ができたのは、うちの商品にあるオールドグラスの生地を使わせてもらったからです。2代目が「作品を考えるときにも使っていいよ」と。要するに、失敗して、つぶしちゃってもいい。ありがたいことですよね。
初めての年は、大変ではあったけど、作るのはすごく楽しかったです。クリエイティブなことをやらせてもらえるチャンスを与えられたのも、うれしかったですね。そのうえ入賞までして、びっくりしましたよ。
でも、楽しいという感覚は、そんなには長くは続きませんでした。そもそもあまり器用でもないし、クリエイティブな美しいものを生み出せるタイプではないと、自分では思っているので。作品づくりさせてもらえるのはありがたい反面、つらいです(苦笑)。
ただ、作品を手がける以上、人とは違うところを出さないと、とも思っていて。近年では、人の目はあまり気にしないで、切子らしからぬことも思い切りやってみようと、自分なりに振り切っています。高い技術やクリエイティビティをもつ他の職人と、同じ土俵にのっても仕方がないですから。
石塚春樹氏 作品 「Falling」
2019年「第31回江戸切子新作展」第1位 経済産業省 製造産業局長賞
画像提供:ミツワ硝子工芸
たとえば、室町硝子で販売している「亀甲魚子文様 オールド」は、透きガラスというコントラストが出にくい世界で、透明が生きる姿を考えました。「かまぼこ」という、丸くえぐれているカットを施しているんですけれども、反射がきれいに出ていると思いますね。
統一感を大切に、長く続けたい
——石塚さんは、ご自身をどんな職人だと思われますか。
僕は、どちらかといえば職業職人ですかね。好きなのは、社内の職人みんなが、少しでも早く、美しく仕上げるにはどうすればいいのか考えること。
職人になって15年ぐらい経つんですが、後輩が増えて、立場も変わってきました。その中で、カットする技術を的確に伝えるにはって、最近はもうそればかり。結局、人が違うし手作りだから、ずれはあるんですけれど。なるべくそれを管理して、お客さんが100人いたら100人同じものを届けられるような状態にしないと、正しいことではないのかなと。
そのためにも、意識や認知の統一感をいちばん大切にしています。製品は、見本が全て。忠実に削っていきます。ただ、その先にある微妙な色の抜け加減みたいなものは、人によって意識や認知が違う場合があるので、なるべく共有したくて。
なにかが違うと思ったら、関わる職人を集めて、徹底的に話し合います。さらに今は「ここはこうやりましょう」「この道具で、こういう回転速度でやりましょう」っていうのを、具体的に紙に書いて、誰が見てもわかるようにしている最中。別に書類化したいわけじゃなくて、お客さんに誠実でありたいだけなんですけどね。
——では、石塚さんにとって、江戸切子とはどんな存在ですか。
まずは、仕事。そして、仕事としても作品としても、しっかりと真正面から向き合わなくちゃいけないもの。割と苦しい存在ですね(苦笑)。とはいえ、逃げないぞとも思っていて。
こうして改めて考えると、そもそもやりたいことがなかったのに、苦しいながらも向き合うものができたのは、大きなことですね。長く続けられれば、続けたいなとは思っています。
そのためにも、まずはうちに入ってきた若手を、僕がしてもらったみたいに育てたい。あとは、作品でも、今までにやったことの変化版も考えていかないと、と思っています。作品には完成も完璧もないので、自分で自分の粗探しをしている感じですけどね(笑)。
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終始明るい口調で、時に照れながら、話してくださった石塚さん。「作品作りはつらい」と笑いながら語ってくださいましたが、それは誰より真摯に江戸切子へ向き合っているからではと感じました。