Object Stories — 小林淑郎「未来」

江戸切子は、一つひとつ、職人の手により生み出されます。中でも、鉢や花瓶、大皿など、サイズの大きな江戸切子は“一点もの”として制作されます。作品展への出品や展示、オーダーメイドを目的につくられることの多いそれらは、職人にとってどんな存在なのでしょう。

ここでは、そんな一点ものの“作品”に向き合う職人に質問。作品や、作品づくりへの想いを伺います。今回は、1908年創業の「小林硝子工芸所」3代目・小林淑郎(よしろう)さんです。

江戸切子職人 小林淑郎氏

 

小林淑郎・作「未来」

江戸切子 大物作品「未来」

淑郎さんは、1950年生まれの70歳。明治大学を卒業後、2代目である父・英夫さんに師事し、以来、江戸切子ひと筋です。その技術は江東区の無形文化財にも指定され、全体に緻密なカットを施した豪華な総柄に定評があります。

この「未来」は、径33cmに高さ19cmという、大きな鉢です。2020年8月に、日本橋三越で開催された息子の昂平(こうへい)さんとの二人展でも展示されました。

「江戸切子の基本文様である鱗文(うろこもん)を、大物に一度つくってみようと思いました」

「鱗文」は、直線を交差させる伝統文様「矢来(やらい)」を均等に連続して施します。「未来」では、透明な透きガラスの生地に施すことで、光や中身により落ちる影や突起への映り込みなどが変化。さまざまな表情がたのしめます。

淑郎さんは「今はもう(大きな作品は)つくれません。気力と体力がいります」と言いますが、そのストイックさは、職人の間でも評判。カットにかける時間も体力も、相当なものなはず。おいそれと新作への意気込みを語るのが難しいのも、無理はありません。

渾身の力と想いを込めた江戸切子は、見るものの心を揺さぶります。

江戸切子 大物作品「未来」反射する光

Q & A

——江戸切子職人にとって“作品”をつくることは、特別な意味がありますか?

「酒杯やオールドグラスなどの小さなものばかり制作していると、技術の向上がありません。“大物”の制作技術は、その技術の何倍もの技量が必要です。できれば若いうちに“大物”をたくさんつくることが大切ではないでしょうか」

——グラスやぐい呑みなど、手のひらに収まるものをつくるときと、気持ちや行程は違いますか?

「違います。やはり重さがあると、削るときに自由に取りまわせません。そこに技量の差が出ると思います」

——“作品”を通して伝えたいこととは。

「“大物”はデザインの力量が問われます。また、花瓶のように重量があると、支えるだけ力が必要です。細かい文様の“大物”は、作業が2分くらいで一旦中断。2分休んで、また作業。その繰り返し。体力と時間がかかります」

——「未来」で感じてもらいたいことを聞かせてください。

「ただ、じっくり見ていただければいいです。そして、いつかあれはいいものだったんだと気づいてくれれば、それで結構です」

 

小林淑郎 YOSHIRO KOBAYASHI

1950年、東京都生まれ。1973年より「小林硝子工芸所」2代目である父の英夫に師事。1981年「日本伝統工芸新作展」にて初入選。以来、数々の賞を受賞し、江戸切子の認知や普及にも尽力する。現在は、4代目である息子の昂平(こうへい)氏と工房を切り盛りする。

 

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