Object Stories — 小林昂平「潮流」
職人の手により生み出される江戸切子。中でも、鉢や花瓶、大皿など、サイズの大きな江戸切子は“一点もの”として制作されます。作品展への出品や展示、オーダーメイドを目的につくられることの多いそれらは、手掛ける職人にとってどんな存在なのでしょう。
ここでは、そんな一点ものの“作品”に向き合う職人に質問。作品や、作品づくりへの想いを伺います。今回は、1908年創業の「江戸切子 小林」4代目の小林昂平(こうへい)さんです。
小林昂平・作「潮流」
昂平さんは、父である3代目・淑郎さんとともに、江東区住吉の工房でガラスと向き合っています。江戸切子職人の厳しさを知る両親からは「『ほかの職業に就きなさい』と言われて育った」という昂平さんですが、大学時代に留学先のホストマザーから父の作品を称賛され、江戸切子の世界へ興味を持ちます。そして今や、若手の江戸切子職人の中でも注目と期待を集める一人。
大胆な曲線とモダンなデザインに定評のある、その作風。「潮流」は、径およそ27cmに高さ12cmの被切子鉢(きせきりこばち)で、第66回日本伝統工芸展の新人賞を受賞しました。
「この作品は『令和』がひとつのキーワード。令和元年に制作したものですが、新しい元号に変わり、時代の波にのまれることなく自分の表現を続けていきたいという気持ちを込めました。
上部に施した菊つなぎ紋様を、すりガラス状にすることでアレンジを加えています。ほかの部分は、細い線で荒波を表現しました。苦心したのは、細い線が無数に並ぶ波のカットを、フリーハンドで割り出ししていく作業。書いては消しての繰り返しで、想像以上に時間をとられました。上から見たときと横から見たときの、波のうねり具合を調整するのが難しかったです」
江戸切子は、見る場所や光のあたり方などで、さまざまな表情を見せます。大物となれば、なお一層豊かにたのしめますが、そのぶん難しさも増すのです。だからこそ、腕も鳴るというもの。大物には、江戸切子職人の、斬新なアイデアを具現化する高い技術と力が欠かせないのです。
Q & A
——江戸切子職人にとって“作品”をつくることは、特別な意味がありますか?
「普段は、主にグラスづくりをしているので、大きな作品をつくるのは特別な時間です。そもそも大きなガラス生地自体がとても貴重なので失敗は許されませんし、完成するまで地道につくるのでフルマラソンをしてるような気持ちです」
——グラスやぐい呑みなど、手のひらに収まるものをつくるときと、気持ちや行程は違いますか?
「大きな作品は、より一層体力と気力を使いますね。とくに重たいガラス生地に細かい紋様を施すときは、いつもと削り方から変わります。
小さなグラスを削るときは、グラインダーにガラスを押し付けるように削り込みますが、大きなガラス生地の場合は、重いので支える力を弱めるだけで削れてしまいます。だから力加減が重要で、技術も問われますが、体力も同じくらい必要です。細かい紋様を1本1本、同じ深さで均一に削っていくことは技術のいることですが、大きく重たくなるほどより高度なテクニックが求められます」
——“作品”を通して伝えたいこととは。
「小さなグラスでは見ることのできない江戸切子の一面を垣間見ることができるので、大物作品には一見の価値があると思います。また、大物作品は作者の意図がより反映されていると思うので、じっくり細部まで鑑賞するとおもしろいですよ」
——今後、大物作品で挑戦してみたいことを聞かせてください。
「江戸切子は、多くの職人さんの手によって、たくさんの新しい表現が生まれてきました。でも、まだ誰も見たことのない江戸切子が、きっとあるはず。そんな作品を、いつか制作できたらと思います。これからも新たな表現を模索しつつ、ひとつのスタイルにこだわらず、さまざまな試みをして見る方々にもたのしんでいただけるような作品をつくっていきたいですね」
小林昂平 KOHEI KOBAYASHI
1987年、東京都生まれ。2010年より「江戸切子 小林」3代目である父の淑郎に師事。日々の仕事と作品づくりを並行し、さまざまな賞を受賞する一方、2015年には自社ブランド「tokoba」を設立。ジュエリー販売も開始し、これまで江戸切子に触れたことのない人たちからも注目を集める。