Object Stories — 渡部聖也「沫〜Shibuki〜」
江戸切子は、職人の手により一つひとつ生み出される、高い技術が必要なガラス製品です。中でも、鉢や花瓶、大皿など、サイズの大きな江戸切子は“一点もの”。作品展への出品やオーダーメイドを目的につくられることの多いそれらは、職人にとってどのような存在なのでしょう。
ここでは“作品”に向き合う職人に質問。作品や、作品づくりへの想いを伺います。今回は、1971年に創業した「ミツワ硝子工芸」の若手職人として腕を磨く、渡部聖也さんです。
渡部聖也・作「沫〜Shibuki〜」
江戸切子の世界に飛び込み、7年目(2021年現在)。渡部さんは、所属する「ミツワ硝子工芸」の何恥じぬように。また、基礎となるガラス生地をつくる職人にも敬意をもち、江戸切子と向き合っているそうです。「江戸切子は、ガラス生地一つをとっても、全く同じものはありません。そこには、すべて人の手がかかっています」。それぞれのプロが力を尽くし、一つひとつの製品や作品につながっている。渡部さんは、そんな当たり前のようで、とても大切なことを忘れません。
今回ご紹介する「沫〜Shibuki〜」は、2021年の第33回「江戸切子新作展」で経済産業省製造産業局長賞を受賞。細やかなカットと絶妙なぼかしの技術で、しぶきの儚さ、力強さ、美しさを表現しています。
「つくるうえで“静と動”のバランスを意識しました。静は、しぶき。しぶきは多彩な表情は見せますが、主役にはなれません。動は、江戸切子です。とても力強い伝統工芸なので、その江戸切子を通すことでバランスが取れた作品になると考えました」。多彩な表情を見せる一方で、次の瞬間には消えてしまう儚さゆえ、単体では主役になれないしぶき。それを、江戸切子という存在感のあるフィルターに通すことで、力を宿し、美しい形にーー。渡部さんの中にある感覚を、江戸切子の技術を通して具現化した作品なのです。
ブルーのグラデーションに、わずか3mmほどの細かな菊繋ぎで、しぶきの繊細さを。さらに、菊籠目でしぶきの力強さを表現。そして、うつわ全体で見たときに、しぶきの美しさとなるようデザインされています。
制作には、およそ70時間かかったのだとか。江戸切子と向き合っていると、ついその世界に没頭しそうになりますが「平常心でいること」に心を砕いたそうです。「潜れば潜るほど、客観的に見られなくなるので。あくまでも、手掛ける僕は、客観的にいなければならないと思いました」。また、カットしている間だけでなく、触れている間は全て破損の可能性があるのも、ガラス製品の江戸切子ゆえ。常に気が抜けない作品との時間も、印象深いことの一つなのだとか。
「深みを出すために、色を3段に分けているのも見所でしょうか。僕が感じたしぶきのイメージが、この作品から伝わればうれしいです」
Q & A
——江戸切子職人にとって“作品”をつくることは、特別な意味がありますか?
「ありますね。個人の名前が掲げられてはいますが、僕は『ミツワ硝子工芸』に所属しているので、その名に恥じない作品をつくる責任があると思っています」
——グラスやぐい呑みなど、手のひらに収まるものをつくるときと、気持ちや行程は違いますか?
「“大きさ”という意味では変わりません。違うのは、仕事では生産性を、作品では質を意識しています」
——今後“作品”で挑戦してみたいことを聞かせてください。
「あくまでも、芸術家ではなく職人として制作していきたいです。また、題名を見ずとも、何をイメージしたか、コンセプトが伝わるような作品がつくれたらとも思っています。あとは、“静と動”だけでなく、“動と動”でまとめた作品もつくってみたいです。似たような性質を持つものをまとめるのはきっと難しいですが、挑戦したいです」
渡部聖也 SEIYA WATANABE
1994年、福島県出身。1971年に創業、現在日本の伝統工芸士3名を含む職人10名が腕を磨く「ミツワ硝子工芸」にて働く。2015年「江戸切子新作展」組合理事長賞、2016年「江戸切子新作展」東京都産業労働局長賞を受賞。若くして注目される江戸切子職人の一人。