Object Stories — 吉川太郎「菊立涌文花器」
江戸切子は、職人の手により生み出される、唯一無二のガラス製品です。中でも、鉢や花瓶、大皿など、サイズの大きな江戸切子は“一点もの”。作品展への出品やオーダーメイドを目的につくられることの多いそれらは、職人にとってどのような存在なのでしょう。
ここでは、そんな一点ものの“作品”に向き合う職人に質問。作品や、作品づくりへの想いを伺います。今回は、1971年に創業した「ミツワ硝子工芸」の職人として、江戸切子に向き合う吉川太郎(きっかわ たろう)さんです。
吉川太郎・作「菊立涌文花器(きくたてわきもんかき)」
ものづくりが好きで、江戸切子の扉を叩いたという吉川さん。日々手掛けるグラスなどの商品とは違い、作品は「自分の好きなものを、好きなようにつくるだけ」とのこと。サイズも、かける時間も、エネルギーも大きくなるからこそ、好きであるという根本は、とても大切です。
今回ご紹介する「菊立涌文花器(きくたてわきもんかき)」は、2021年の第33回「江戸切子新作展」で東京都知事賞を受賞。日本の伝統的文様の「菊立涌」をモチーフにしています。これは、水蒸気を意味する「雲気(うんき)」がもくもくと上がっていく様子を表現。平安時代以降に用いられたとされる吉祥文様の一つで、“秋”や“長寿”を表し、徳と学識を備えた人物を象徴する菊と共にカットされます。
「実は、昨年取り組んでみたものの、形にはならなかったモチーフです。ガラス生地を変えて取り組んでみようと、つくり始めました。完成までは、だいたい2ヶ月。下から上へと、文様が湧き立ちのぼっていく様子を表現したいと思いました」
緩やかなカーブを描く花器全体に施されたカット。波線と菊の花、玉模様が三位一体となり、煌びやかでありながら繊細。映り込みも美しく、目を凝らし、様々な角度で楽しみたくなる魅力があります。
Q & A
——江戸切子職人にとって“作品”をつくることは、特別な意味がありますか?
「ふだんはグラスなど、身近な江戸切子をつくっているので、やはり作品には意味があります」
——グラスやぐい呑みなど、手のひらに収まるものをつくるときと、気持ちや行程は違いますか?
「そもそもの大きさが違いますし、何よりデザインの自由度が違います」
——“作品”を通して伝えたいこととは。
「僕は、好きなものを好きなように作っているだけです。ですから、見る方にも自由にたのしんでいただければと思います」
——今後“作品”で挑戦してみたいことを聞かせてください。
「これからも、好きなものを好きなようにつくりたいです。中でもお皿が好きなので、大きなお皿で作品づくりをしてみたいですね」
吉川太郎 TARO KIKKAWA
1988年、東京都出身。1971年に創業した工房「ミツワ硝子工芸」にて、20〜30代の若手江戸切子職人と共に製造、作品づくりにも邁進する。2020年「江戸切子新作展」にて経済産業省製造産業局長賞を受賞。職人歴12年目、若手の中でも注目される存在の一人。