職人と江戸切子 — Vol.2 きらめきの奥にある物
「江戸切子」は、ガラス職人が一つひとつ息を吹き込むガラス生地に、江戸切子職人が細やかなカットを施していく、まさに熟練の技が成せる美。繊細できらびやかな輝きのため、職人たちは、くる日もくる日も江戸切子と向き合います。
どれだけ経験を重ねても、それに甘んずることなく、目の前のガラス生地をいかに美しく仕上げるかを考え、手を動かす。厳しくもすばらしい、その世界。
ここでは、唯一無二の江戸切子に欠かせない“職人”を取り巻くストーリーをご紹介します。
さて、前回もお話ししましたが「江戸切子」の特徴であり醍醐味の一つが、伝統文様を始めとする文様のカットです。複数を組み合わせる場合が多いですが、一つの文様で表現する場合も。
「室町硝子工芸」で手掛けているオリジナル商品も、一つの文様での表現にこだわっています。目指したのは、現代にアップデートされた、シンプルでモダンな江戸切子。これにより、多彩なライフスタイルになじみやすく、江戸切子ならではの魅力もおたのしみいただけるグラスに。
オリジナル商品の第二弾であるロックグラスとタンブラーの「壱甲(いっこう)」も、その一つです。日本伝統のおめでたい文様である「亀甲(きっこう)」を採用。六角形の面が連なる文様が、まるで亀の甲羅のようなことから、その長生きにあやかり「長寿吉兆」を願う縁起のよい文様です。
デザインモチーフは、水晶や氷の結晶。透明な面への反射による映り込みは、まるで万華鏡のよう。見る角度で光の瞬きがクルクルと表情を変え、手に取り、眺めている時間も豊かになるような意匠を目指しました。
独特の輝きの理由は、グラスの下から上へ花開くように、大小をつけて施したカットにあります。口をつけるグラス上部まで手作業ならではのシャープなカットを施すことで、眺めても、飲み物を飲む時にも、それぞれの角度や光の当たり方で多彩な輝きが現れます。
また「壱甲」は、触れ心地も大切に。つるりと滑らかな面が生み出す、指の腹に吸い付くような心地よさ。グラスという“触れる(持つ)”行為が欠かせないアイテムだからこそ、デザインをする際にもカットする上でもこだわっている点です。
この「壱甲」のきらめきと触れ心地は、職人の手により真の魅力を発揮します。なぜなら、江戸切子のガラス生地は、一つひとつガラス職人が息を吹き込みつくります。そのため、一見同じに見えても個体差があり、それぞれに合わせてカットを施す必要があるのです。特に亀甲文様は、1つのカットが隣接する6面すべてに影響を与える難しい文様。職人は、ガラス生地の個性を見ながら、すべてのバランスが整うように一つひとつ丁寧に仕上げていきます。
ちなみに、亀甲文様の六角形は、大きさをきちんと揃えて滑らかな面を削ることが美しさの要ともいえます。線と比べ、面は削る面積が多いため、表面の凹凸や傷が目立ちやすいのです。つまり、きれいな面をつくるのは、職人の腕の見せどころ。反射時の写り込みがより美しく仕上がるよう、一つひとつ丁寧にカットを施していきます。
手に取り、眺める時間もよろこびになるような江戸切子には、実直に目の前のガラスと向き合う職人の存在がありました。